人生は演劇のように生きるべきだ。─人生は演劇って、え、いきなり何言い出すの?

うさぎ哲学

人生は演劇のように生きるべきだ。

──プラトン。

よい人生の生き方とは一種の遊びを楽しむように生きる事だという意味の言葉です。

皆さん、うさぎ哲学へようこそ

うさぎ哲学、それはただの哲学ではありません。ここは名だたる哲学者や偉人達の残してくれた哲学や名言を基に、今の時代を生きるうさぎがその言葉を噛み砕き新たにアップデートして「使える哲学」を綴り呟く場所です。

今日はこのプラトンさんの言葉から「人生の歩み方」について考えてみようと思います。そして、今回一つ面白いのがこの一文にある「演劇」という言葉。実はこれ、和訳する時に翻訳者が原文にある言葉をそう訳したから出来た言葉なんですよ。ですので、本来そうではないというのが正解なのですが……。

ということで、是非皆さんもその点に注目しながら読み進めていただければ面白いと思います。では、今日もうさぎ哲学スタートです!!

人生は演劇のように生きるべきだ。

私達には一人一人にそれぞれ与えられた「役割」があります。そう、社会の中で与えられた役割ですね。そしてそれは私達が人間社会を生きる上で必要不可欠なものです。その役割をこなし、その対価として賃金を貰って資本主義の社会を生きて行かなければいけないからです。ですから、その与えられた場所でどうその役割と向き合い演じていくか、これが良い人生を送る為には非常に重要になって来ます。

真面目に自身に与えられた役割と向き合う事は良い事です。仲間には信頼されるし、きっと成果だって出やすい筈です。そういう意味では良い人生を送る為の秘訣の一つでもあると思います。ですがその一方で、そのせいで心を病んだりする人がいるのもまた事実です。そういう意味ではそれはとても善い人生だとは言えないですよね。

では、不真面目に生きるが正解なのかというと、決してそういう訳ではありません。それではそもそも悪い人生にしかならないからです。

ここに一つ「メリハリ」という言葉があります。やる時はやるみたいな、そんな意味の言葉ですね。真面目だから必ずしも心を病むという訳でありませんが、真面目だからこそ物事を真っ直ぐ受け止め責任に押し潰されてしまうというのはよくある事です。

それなら上手く息抜きをしながらバランスを取り、仕事にメリハリを持って生活出来たらどんなに良いかと思いませんか?それを例えるなら、適度に不真面目に生きる生き方です。

よし、そうか!!だったら今日から私もそんな生き方を目指して気負わず生きて行こう。なんて都合の良いように行かないのが私達の人生です。

例えば、そうやってメリハリをつけて日々の役割を上手くこなしたとして、それは過度なストレスへの対策やパフォーマンスの向上に繋がり、あなたはより良い結果を仕事で残す事となり、結果今より豊かな生活を送る事が出来るでしょう。

でも、それだけなんです。

こと人生と大きく括った場合、仕事のメリハリ、裕福で豊かな生活だけでは善い人生とは言えません。

人生は演劇のように生きるべきだ。

このプラトンの説く哲学は、本来「演劇」という部分が「遊び」と表現されています。その本文を日本語訳にするにあたって「演劇」と訳されたのが今日の哲学です。

ですので、この訳は正しくは間違っているのですが、言い当てていて妙。私はとても素晴らしい感性の持ち主が翻訳されたんだなと感じています。

つまりは、こうです。

私達は日々の暮らしの中で個々の「役割」を演じる演者だ。しかしこと人生においてそれは違う。人生において最も大切なのは演劇を「素直に楽しむ」心を持つこと、それを見つけることだ、です。

良く生きるのではなく善く生きる、です。仕事は仕事遊びは遊び、日々の役割ではなく、私達の人生そのものにメリハリを付けて生きて行こうということです。

ですので、メリハリをつけた生き方をする為に、私達はこの遊びの部分をもっと大切にしなければいけません。「資本主義にバイバイ」です。

仕事=お金=良い人生、ではなく、遊び=生きがい=善い人生

そう、私達の人生は遊び抜きには決して成り立たない人生なのですから。

遊びは時間の価値を無意味にすることが出来る唯一の無駄で贅沢な行為である。──兎禾。

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