些細な事が我々を慰める、些細な事が我々を苦しめるように。─些細な事、気にしちゃそんなにダメですか?

うさぎ哲学
An engraving of Blaise Pascal after a 17th-century French painting. (Photo by �� Stefano Bianchetti/CORBIS/Corbis via Getty Images)

些細な事が我々を慰める、些細な事が我々を苦しめるように。

──パスカル。

言葉の通り人とは些細な事を気にする生き物だという意味の言葉です。

皆さん、学べるうさぎ哲学へようこそ。

うさぎ哲学、それはただの哲学ではありません。ここは名だたる哲学者や偉人達の残してくれた哲学や名言を基に、今の時代を生きるうさぎがその言葉を噛み砕き新たにアップデートして「使える哲学」を綴り呟く場所です。

そんなうさぎ哲学第二弾は、人にとっての「些細」について。些細な事とは一体何なのか?そんな疑問に本日はパスカルさんの言葉を用いて考えてみたいと思います。では、うさぎ哲学スタートです。

An engraving of Blaise Pascal after a 17th-century French painting. (Photo by �� Stefano Bianchetti/CORBIS/Corbis via Getty Images)

些細な事が我々を慰める、些細な事が我々を苦しめるように。  

例えばたった一言に心を苦しめたり、たった一言に心を救われたり。そんな経験は皆さんにもありませんか?

私はあります。

他人に言わせれば些細な事と言われるような出来事でも。本人にしてみたら大した出来事だというのはよくある事ですよね。

客観的視点を持ってその出来事を捉えれば、本来それは本当に些細な事で、そこに自身の感情が加わったせいで歪んで見えてるだけ。だから「気にするな」という正論を導き出す事も出来るかもしれません。

だけど、そう出来ないから人間なんですよね。

そんな時、勇気を出して誰かに相談しても、決まって誰にも理解されず一人塞ぎ込んでしまいそうになったりします。たった一言「気にし過ぎ」とあしらわれるだけで、まるで世界で自分だけひとりぼっちになった気分になります。

それでもたった一言「大丈夫」という言葉をそこで聞けたなら。もう少し頑張ってみようかなとその足を一歩前へ踏み出すきっかけになったりもするものです。

でも、よくよく考えたらそれって不思議な事だとは思いませんか?

だって、具体的な解決法を提案してくれたのは、本来それは些細な事なんだから「気にするな」と言った前者の方で、後者の「大丈夫」という言葉には具体的な解決法は示されていないんです。

それでも実際に救われたのはその「大丈夫」の一言の方という不思議。

つまりは、そのくらいどれも些細な事なんですよね。意味があってないような事です。そしてそんな些細な事に支配されているというのが私達人間で、繊細過ぎる程に繊細な生き物で、都合の良いくらい自分本意な動物なんです。

ともすれば、こうも言い換える事は出来るのではないでしょうか?

この世界に些細なことなど何一つない、です。

誰かにとっての些細な事でも誰かにとっては大した事で、それならそれはもう些細な事とは言えないのだから自身の尺度だけで物事を測るのではなく、相手の立場に立って物事を考える。それが大切なことなのではないでしょうか。

そしてそれはまさに私達日本人の持つ日本の精神そのもの、和の心です。

その結果、自身の意見を殺したり。相手を思う余りに過保護になって人は成長する事を止める。というのはよくある「思いやりの履き違え」ですので要注意。

おもてなしの心、気配りの精神。

私達日本人は些細な事を気にかけるスペシャリストです。それは世界的に見たら弱みと取られる場合が多いけれど、それは世界に誇れる強みだと私は思っています。

些細な事が我々を慰める、些細な事が我々を苦しめるように。

だって私達日本人はこのパスカルさんの言葉の意味をあたりまえのように理解しているのですから。
 
些細から見える、それが、人間性。──兎禾。

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