哲学は学べない。学べるのは哲学することだけである。─ここだけの話、哲学を覚えても、何の意味もないんだよ。

うさぎ哲学

哲学は学べない。学べるのは哲学することだけである。

──カント。

哲学を受け継ぐというのはその行為を受け継ぐことだという意味の言葉です。

皆さん、うさぎ哲学へようこそ。

うさぎ哲学、それはただの哲学ではありません。ここは名だたる哲学者や偉人達の残してくれた哲学や名言を基に、今の時代を生きるうさぎがその言葉を噛み砕き新たにアップデートして「使える哲学」を綴り呟く場所です。

うさぎの私でもわかる、使える哲学、それをモットーにこれからこの場所にその言葉を残して行きたいと考えています。

そんな学べるうさぎ哲学の記念すべき第一回目は、哲学って何?そんな私達の最大の疑問について学ぶ為にカントさんの哲学を紐解いて行きたいと思います。それでは、うさぎ哲学スタートです。

哲学は学べない。学べるのは哲学することだけである。

はい、もうこれが哲学とは何かという問いに対する答えです。と、言われてもイマイチピンと来ませんね。では、一体何が答えなのか掘り下げてみたいと思います。
 
例えば、哲学とは何か?

という問いに対して、その言葉の意味や作者の解説をする人がいます。それ自体はとても素晴らしい事ですし、そこから学べる事は本当に沢山あります。きっと人生を豊かなものにしてくれる手助けにもなってくれると思います。

だけど、ちょっと待って下さい!!

私達はその解説文を必死になって覚えようとはしていないでしょうか?無理矢理納得しようとはしていないでしょうか?

勿論、言葉を紐解く事は大切ですが、哲学の解説、それは結局どこまで行っても過去の解説でしかないんですよね。そんな過去の言葉が今でも意味を持つ、今に意味を持つ。

だから哲学として語り継がれている訳ですが、それは言い換えれば、既にこの世界に存在するもの、つまり「知識」でしかないということです。

知識は覚えただけでは意味がなく、自身を通してかたちにする事で初めて意味を成します。そしてそれは、時代によってそのかたちを変えて然るべきものです。

変わらないものが真理で、真理こそが哲学なのであれば。

私達は求め続けなければいけません。真理から離れて行く時代の流れの中で、そこに真理を描き続けなければいけません。哲学をし続けなければいけません。

ですので、私達が過去の哲学者達から本当に学ばなければいけないのは、哲学の言葉の意味以上に哲学をするという行為、そのものなのではないでしょうか?その行為を受け継ぎ、哲学をし続けるという事なのではないでしょうか?

勿論、その上で一度哲学を純粋に理解する必要はあるとしても、その先でそれを自身に落とし込む事の方が大切だと私は思います。

例えばそれが個々人の小さな哲学だったとしても、です。

もし、個々人が哲学をするような事があれば、その時、初めて私達人間が真理に向かって歩み出す瞬間なのではないでしょうか?

求めること。

求め、続けること。

重要なのはその答えではなく、その行為の方にある。つまり答えとはその行為の事で、ともすれば「過程」こそが哲学の本当の答えなのかもしれません。

というこれも、私という一個人の哲学に対する一つの解釈です。

ですので、皆さんにとっての哲学。

真理とはそれ以上分解出来ないたった一つの答えです。例えその答えが今はバラバラでも、それぞれが哲学を追い求めたその先で、私達はいずれ同じ場所で交わる。

そんな日が来ると私は信じています。

哲学は学べない。学べるのは哲学することだけである。

そうであるならば、過去の哲学に意味がないということではなく。哲学とは過去の上に今を重ね未来を描くということなのかもしれませんね。

いつか探した四つ葉のクローバー、真理はきっとそこにある。──兎禾。

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