最高の夢は目覚めてる時に見る。─夢は叶えるものじゃないんです。

うさぎ哲学

最高の夢は目覚めてる時に見る。

──チャールズ・ギルダーブルーム。
 
私達は夢を見ているからこそ生きていけるという意味の言葉です。

皆さん、うさぎ哲学へようこそ。

本日は、私達にとっての「」について考えてみたいと思います。私は自身の作品「とある街の、小さな時計屋(オルロジェ)」内にて、「この世界はもう私で出来ている」と言いましたが、それは一体どういうことだったのか?それについても少し触れて行けたらなと考えています。それでは、今日もうさぎ哲学スタートです。

最高の夢は目覚めてる時に見る。

この言葉が示す通り、私達にとって「」とは、寝ている時に見る夢目覚めている時に見る夢という二つの意味を持っているものです。寝ている時に見る夢は目覚めると直ぐに忘れてしまうものに対し、目覚めて見ている時に見る夢は失くさない限り忘れたりはしないものでもあります。

そんな一つの言葉に二つの異なる意味を持つ「」ですが、今回ここで言う最高とは一体どういうことなのでしょうか?

最高の夢は目覚めている時に見るというのであれば、同じく夢は叶えるものだと言う人がいます。その言葉に込められたメッセージはとても真っ直ぐですし、頭で理解する事も出来ます。何も間違った言葉だとは思いません。

ですが、本当にそんな全ての夢は叶えられるものなのでしょうか?

残念な事にその答えはノーです。この世界には叶えられない夢も、叶わない夢も往々にしてあるものです。

例えば「プロ野球選手になって世界一位になりたい」という夢があるとします。その夢は若い人からすれば「叶えられる夢」ですが、80代の人からすれば「叶えられない夢」です。

それと同じように「あの頃に戻りたい」と思う夢も私達人間にとっては叶えられない夢の一つです。この場合それはそもそもに「叶わない夢」と言うことも出来ます。

私達にとっての時間は有限です。

いつか叶えられた夢も、気づけばいつしか叶えられないへと変わってしまうものです。

そんな私達にとっての「」とは、ただ見ているだけでは叶いません。夢を一度目標に変え、細分化し、一つ一つ乗り越えてかたちにして行かなければいけません。そういう意味では、やるべき事を明確にし、日々淡々とそれを熟す事こそが夢を叶える最短の道でもあります。

その為には嫌な事だってやらなければいけないし、辛い事もしなければいけません。もしかしたら楽しいことよりもそちらの方が断然多いのが夢の道です。

そしてその全てを理解していたとして。

それでも、夢叶う人より夢破れる人の方が圧倒的に多いのが現実です。

それなら、そんな起きている時に見る夢に、果たして「最高」と呼べるほどの価値などあるのでしょうか?

その答えは、きっとあります。

いつの時代も、人は人にを語ります

夢を叶えた人は、あらゆる困難を乗り越えたその先で「夢は叶う」と声高らかにいつまでも私達にを見せ続けてくれます。そんな人達を見て私達は心に夢を持ち、そこに生きる目的意味を生み出します。私達が生きる上で必要なもの、それがだったという事をその人達は知っているからです。

ですので、私達にとっての「」とは「叶う」「叶わない」という意味以上に、夢を見ているその瞬間にこそ意味を持つものだということです。その瞬間に私達は確かに未来を想い「生きている」からです。そう、人は夢を見ることで無意識に「生きよう」と思うそんな生き物なんです。

だから、を見る

チャールズさんの言う最高の夢は目覚めてる時に見るというのは「人は夢を見るだけで生きて行ける」という意味で、だから私の言う「この世界はもう私の夢で出来ている」で、それを私達は別の言葉で「希望」と呼ぶのではないでしょうか。

生きる意味や理由を外側に探し求めても答えは見つかりません。その答えは自身の内側にこそあるものだと私は思っています。

人の夢は叶えた先で初めて本当の夢となる。──兎禾。

コメント

  1. ★Lakma★ より:

    人には出来る事と出来ない事がありますもんね。

    自分が出来る事は何かを見つめた上での夢なのかもしれません。

    • uka より:

      そうですね。
      出来る事からやる、これは夢を叶える為の鉄則です。
      どこまで夢を自分に落とし込めるか、ですね♪

タイトルとURLをコピーしました