──例えば。
何か胸につかえているような感覚がいつもどこかにあったとして。
それはいつかの自分から今の自分へ届けられたメッセージ。
「忘れないでいて」っていう大切なメッセージ。
いつか、ふとした瞬間に、何かをきっかけに、それは繋がって。
その時になって「やっとわかったよ」って、そう思えるような。
自分だけが知ってる問いが書かれた、自分宛てへのメッセージ。
振り返れば、いつも。
僕達は知らず知らずの内に心に問いを抱いていて、その答えを探していたり。
そうやって、他の誰でもない、自分だけの物語を紡いで行く。
今までも、それは、これから先も、ずっと。
それなら、心のつかえはそこに自分を描く為に必要な特別な問いで。
痛みや悲しみを伴った先にある、その解こそが自分自身であるように──。
この作品に触れた全ての人達に愛を込めて。 ──兎禾。
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「AI(アイ)とボクの物語•(最終話)」
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「せ、先生……? きゅ、急にどうしたんですか? そ、その、もしかして、僕、何かイケないこと──」
思わぬ表情を見せた青年を見て戸惑うクローバー少年の脳裏に浮かんだのは先程の青年の言葉です。
「……そうか……そういうことか。やっと、見つけたよ、アイ……これで、キミに会いに行ける……」

「そ、その、アイって一体……」
「……いや、何でもない。大丈夫だ、すまない、気にしないでくれクローバー」
そう言い放ち溜まった涙を拭う青年の姿を見て、クローバー少年は視線を青年の顔から外すと答えます。
「……先生……今日はもう研究は良いので、その、行って下さい……」
クローバー少年は感じていました。
何か、青年にとって大事な何かが、今この瞬間に見つかったのだと。
確信はありませんでしたが、そう感じていたのでした。
そんなクローバー少年の言葉を受け、青年は目を瞑り少し考えた後に言いました。
「……悪い……頼む。理由は後で説明する……」
「いえ。大丈夫です。気にしないで下さい。それよりも、さぁ、早く」
「……ありがとう」


青年はそれだけ言い残すとラボを出て行きました。
向かったのは自身の家の自分の部屋です。
歩く足は時間と共に段々と加速していくように、気がつけば青年は駆け足になると、家に着き階段を一気に駆け上がりドアを開けます。
──ガチャッ!!
ドアを勢いよく開け部屋の中へ入ると部屋の隅には綺麗に手入れされた一体のAIが壁にもたれる様にして置かれていました。

青年はそのAIの元に駆け寄ると、胸ポケットから一枚のチップを取り出します。
そのチップは今から数ヶ月前に青年が作った物でした。
当時は修復不可能だったAIの欠陥を組み直し青年が作った新しいチップです。
そのチップをAIの頭の裏側からゆっくりと差し込みます。
そのチップには当時のデータ(記憶)も全て残されていて、そのチップを作る為に青年は必死に勉強をして学者になったのですから、つまりこれは青年の夢の結晶でした。
チップを差し込んでから暫くすると、AIは静かに瞼を動かしその目をゆっくりと開きます。青年はまだ虚ろな目をしたままのAIに向かいその名前を口にします。
「……アイ」
とても優しい声で彼女の名前を呼ぶ青年。
その声に反応するかの様に顔を上げ青年の顔を見つけると、柔らかく微笑みを浮かべながら彼女は言いました。
「──とても、とても大きくなりましたね」

青年の耳に聞こえて来たその声は、あの日の声そのままで。
そんなアイの言葉に青年も言葉を返します。
長い長い眠りから目覚めたアイにこれまでの想いを全部ぶつけるように。
たった一言に、沢山の言葉を込めた笑顔と涙を添えながら、あの日のように。
「──うん、おはよう、アイちゃん」
「はい。おはようございます」


それから暫くの間、今とあの日の距離を埋めるように二人は会話を交わします。そして一通りの出来事を伝えると、青年は一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出し、静かに言い出しました。
「──それで、わかったんだ」
「──はい」
ただ、優しく「はい」とだけ答えるアイに向かい青年は言います。
やっと見つけることの出来たその答えをです。


「ボク達人間はAI達と違ってどこまで行っても、やっぱり何度も学習しなければいけない生き物で……積み上げて積み上げて、その先でやっと答えに辿り着く、そんな生き物なんだ」
「はい」
「その積み上げてるのは失敗や間違いの事で……本当に自分達でも嫌になるくらい不器用で、とても面倒くさい生き物なんだ」
「はい」
「……だけどね、そんなボク達人間だからこそ0と1だけじゃない、その間を読み解く事が出来る生き物だった。失敗や間違いを積み重ねて来たボク達人間は、どんな状況下からでもその答えを導き出す事が出来る。例えば、間違った問いに対してもその間を想像して埋めるようにしながらね」
「はい」
「勿論、その答えが常に正しいとは言えないし、そうやって導き出した答えだって間違ってる時はあると思う。でも、それで良いんじゃないかって今は思うんだ」
「…………」
「だってさ、そんな僕達人間だからこそそこに新しい何かを見出せるんじゃないかって、それをただの勘違いなんて言われたらきっとそれまでなんだけど……それでもやっぱりそれはただの「勘違い」なんかじゃなくて、それは何か新しいの「きっかけ」になるんじゃないかって。勘違いが新しい何かを生み出すきっかけになるなんて飛んだ笑い話のようだけれど、それがボクの出した答えだよ……」
「…………」
「だからね、今のボクは失敗や間違いを何度も積み上げて学習出来る人間で本当に良かったって心の底から思っているんだ」
話しを終え真っ直ぐ自身を見つめる青年に向かい、アイは大きく頷くと満面の笑みを浮かべてこう言ったのでした。
「──はい。良く、出来ました。100点満点中の100点満点です」

これが、ボクと一体のAIの紡いだ物語。
ボクとAI(アイ)の物語。
人間だからこそ出来る「何か」について考えたような、そんな物語。
その中で彼女に抱いたボクの感情。
その感情は本当の人間に抱くそれとまるで変わりはなくて。
AIに心があるなんて事は言わないけれど、ボクの心には確かにそれがあって。
例えば、彼女に触れた時の冷たい肌の温もりを「温もり」と呼ぶように。
ボクの心に見る彼女の心を彼女の「心」と呼ぶのかもしれない。
それもただの勘違い、そう言われればその通りだし。
でも、そう思うボクはその心を本当にここに描けるような気がしていて。
だから、なんて言うのかな、それは、可能性?
そう。そんな風に今は自分の事を愛せるようになったボクがここにいたんだ。
──「AI(アイ)とボクの物語。」 おしまい。
コメント
お疲れ様でした。
人間は失敗から学ぶ生き物なのですね。
確かに私も失敗から学んだことは数多くあります。
★Lakma★ 様へ。
ありがとうございます♪
初めてのWeb芝居だったので手探り感は否めませんが、何とかやりきりました(笑)
失敗が出来るって本当に素敵な事だと思うんです。
そこから学ぶ事も出来れば、違う何かを生み出せたり、他人の気持ちも理解する事が出来るようになるみたいな。
ですので、失敗する事は決して駄目な事ではないんだよ。ということを、今回受け取って頂けたのなら凄く嬉しいです。
失敗は可能性、そんな風に思いながら前向きに歩いて行きましょうね。